ポエジー

ポエムポエジーポエットリー、と口ずさんでみる。空のくすんだライムグリーンの青色は見方を変えれば歪んだ緑にも思えた。街は死んだように沈黙していて、そこにあるもの全てを諦観とある種の安堵で包んでいるようだった。静謐な空気の粒子は僕の足元へと絡みつくように沈殿していて、動かす足をじんじんと重く感じさせる。

見慣れた立体駐車場とその付近の風景は、ここに来るのが初めてでないことを僕に悟らせた。僕はこの場所に何度か足を運んだことがある。しかも二度や三度ではない。

どうしてそれと気付かなかったのだろう。折れ曲がった一方通行の標識を見上げながら、記憶の糸をひとつひとつ手繰っていく。標識を支えていた金属の支柱に手を触れて、あまりの冷たさに驚いた。首を折られた標識は今にも千切れそうで、ゆるやかな風が吹く度に左右に揺らめいていた。僕にはそれがあまりに恨めしそうに見えた。

澄み渡った緑色の空には雲のひとつも浮かんでいない。空の青色が空虚とするなら、この緑はきっと、汚濁なのだろう。そうだ、昔はこの空は青色だった。単調で何もない、そして何もないがゆえにどこまでも突き抜けていた青だ。浮かんだ雲が時には雨を齎し、また時には七色が花を咲かせていたような、そんな空の青だ。

僕は塗りつくしてしまったのだ。天井なんてない、なんて嘘の詰め込まれたスプレー缶を片手に、視界を緑色で塗りつぶした。夢中で見える世界を変えようとしていた。届きそうで、でも届かない位置に手を伸ばしているうちに、視界は濁ってしまっていた。上書きされた青色はもうその痕跡すら窺えない。僕の視界に残されたのは、変わってしまった世界と、病的に汚れた空だけだ。

空の緑色は絶えず僕を抑えつける。呼吸は次第に苦しくなって、酸素以外の何かが顔の辺りを漂っているような感触を覚えた。空を支配していた緑は煙のように吹き出して、周囲を絶えず曇らせていた。煙草に火をつけようとして、ライターも煙草も持っていないことに気が付いた。

背中に背負っていたギターケースから、ギターを取り出そうとした。

でもギターなんて弾けないし、そもそもギターを持ってすらいないことに気が付いた。

何か書こうとして、紙とペンを取り出す。

紙は真っ黒に汚れていて、ペンはインクが乾ききっていた。

やがて堪え切れなくなったところで、地面に倒れ伏す。

そうやって何も無くなった世界は、確かに青色の空をしていた。

東京旅行 6日目

桜が綺麗に咲いているだとか上弦の月が孤高に輝いているだとか、対象物を自然に絞った上で感慨や感傷に浸る一連の行為は、単純に対象物として選択できるものが非人工物以外に無かったからだと思う。人工物の波が非人工物を飲み込んで、人の息がかかっていないものを探す方が難しくなってしまった現代においては、そんな行為に頼らずとも娯楽という娯楽を享受できる。それでも現代の人間が桜がどうの月がどうのと声高に主張できるのは、偏に伝統という言葉に流されやすい日本人のDNAに起因していると思う。単純に先人が語る趣きという概念に価値を見出すことは、それ以外の人工物に似たような感情を抱いて価値を語ることよりも、説得力の観点において逞しい。現実のところをかしとかあはれとかそういう朦朧体をコンクリートに捉えることのできる人間は数少ないはずで、それでも人がそんな曖昧な概念に説得され得るのは、誰かが言っていたから、に過ぎないのだと思う。

だから、その趣きだとか感傷だとかそういう単語の効果範囲を出来るだけ広げて考えてみる。心から心酔できる対象は、身近にはなくて、でも手の届かない場所にあるわけではない。身近にある存在に心酔することは、得てして感傷を齎さない。自分の経っている場所よりずっと遠くにあって、でもちゃんと存在していることがわかるもの。そんな存在が、例えば誰かにとっての桜であったり、手の届かない位置に淡々と輝いている月であったり、誰かにとっての異性であったり、誰かにとっての銀河の向こうだったりする。私にとってのこの街は、つまり、そういう存在だ。

私はここに住みたいわけではない。先述の通り、身近にそれが存在してしまえば、感傷も何もないのである。片道1万5000円の水色のチケットを握ってようやく辿り着くことのできるような、大勢の人が死ぬために生きているような、雑踏と慢性的な社会不安と群青で満ちているような、そんな不自由で退屈な街が愛おしくて仕方がないのは、その街がずっと遠くにあって、簡単には手が届かないからだ。

旅行は明日が最終日である。一週間で得たものはそんなに多くはないし、自分の意識や見識が劇的に変化したわけでもない。それでも、旅行して良かったとまでは行かなくとも、助走のきっかけになった程度の感想ぐらいは胸を張って言えるようにしたい。後になって振り返って、あのとき東京で過ごした一週間が自身の血肉となって、誰かの心を震わせることに繋がったのだ、と思えるような、そんな時間になるのだったら、これ以上のことはない。経験が未来に繋がるというのは、きっとそういった風のことを言うのだろう。

 

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中華料理の食べ放題に行った。完全に食いすぎた。死にそう。

東京旅行 5日目

部屋の乾燥に伴う強烈な掻痒で目を覚ました。慌てて顔を洗い、加湿器をつけて二度寝をし、そこからさらに4時間ほど眠ってから再び起床する。

 

5日目ともなると流石にやることがない。概ね行きたいところを回り尽くしたので、今日は進捗に極振りすることにした。場所は秋葉原である。

サブカルチャーに関するアレコレで有名な街であるところの秋葉原は(神田や丸の内に近いからなのか)オフィス街としての側面も併せ持っている。小綺麗で瀟洒秋葉原は中央通りを駅の方へ逸れた付近に転がっていて、今日はそのエリアのカフェ(タリーズ)でパソコンとにらめっこをしていた。顔は笑顔なのに早口でブチぎれているサラリーマンがいて、ブチギレ食い気味高速まくし立てサラリーマン vs 全てをなあなあにしようとする穏健派サラリーマン のリアルファイトを楽しんだ。議論が主体の口論は見ていて楽しいなぁと改めて感じさせられた。日向ぼっこも同時に達成できるような店外の席に陣取っていたが、周りの席の人達が煙草を吸うので、煙を眺めたりして過ごした。進捗は2000字程度生まれた。

日比谷線で北千住へと向かった。"きたせんじゅう"だとずっと思っていたが、どうやら"きたせんじゅ"らしい。この駅前にもペデストリアンデッキが突き刺さっていて、「とりあえずペデストリアンデッキ作っときゃシャレオツでしょ」みたいな怠惰とマンネリズムが垣間見えた。

食事を摂った店には先客の大学生らしき学生3人組がいて、ひたすらに単位の話をしていた。ひとりはコバヤシという教授が定年退職前最後の講義だったらしいのに単位をくれなかったと嘆いていた。そういうとこだぞ小林。

北千住を後にして、それからはやることもないので、寝床に舞い戻ってきた。今日は本当にカフェでパソコンをかたかた殴っていただけなので、あまりに内容のない記事になってしまった。嘘は吐けないので致し方ない。まぁほとんど自分用に記事書いてるみたいなところあるし(言い訳)。

とはいえ、もう少しどこかをさ迷い歩いてみてもよかったんじゃないかと思っている。見聞きしたものが自分の全てなんだし、あるに越したことはないし。

思うことには、この街は住むにはあまりに呼吸が苦しい。

東京旅行 4日目

流石に日曜日には工事をやらないだろうという安易な思い込みは死を招く。今日の目覚ましも相変わらずに工事の音だった。昨日一昨日と異なる点は、起きた時間が11時半だったということである。寝すぎだ。

桜並木の下を通って駅に向かった。真昼間から桜の下で酒を飲む老人たち。平和という平和を謳歌していてうらやましい。駅前で卒塔婆を束ねて抱えた人とすれ違った。葬儀屋にでも就職しない限り卒塔婆を持った人とすれ違うことは無いのだろうなと思ってみても別に感慨深くはなかった。

渋谷に行った。軽く昼食をとって、渋谷の眺めのいいカフェでssを書いていた。2時間ほど滞在したが、ちょくちょく目の前を風俗求人のアドトラックが通るので笑った。アドトラックの運転手はどんな気持ちで渋谷をぐるぐる回っているのだろう。賽の河原で石を積む人に近いんだと思う。

相変わらず筆は乗らないので、取材も兼ねて電気屋へと赴いた。人込みの中を突っ切って進むのが苦痛で仕方がなかった。99万円の大画面テレビが置いてあったが、映っている映像がセンスのないもので、宝の持ち腐れが極まっていた。

近かったので東急ハンズにも行った。中に入って初めて、アイマスコラボをやっているのを知った。一階から七階まで上って下りてみたけれど、店内の様子はあまり目に焼き付かなかった。東急ハンズは目的意識がなければ来てはいけない店だと思う。

晩飯を恵比寿で食べる予定だったので、渋谷から恵比寿まで歩いた。

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歩いた道と並行して川が流れていた。何という名前の川なのかは知らない。建物の裏側が見えるのが滑稽だった。

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これは同じ地点から逆を向いて撮った写真である。画面中央に映る緑色の建物は建設中のビルである。ずっと前から建設中だったこの緑色のビルも、外壁の25%ぐらいが完成していて、このビルと自分とは全く無関係なのに、ふとした瞬間に我が子の成長を感じた親のような気持ちになった。

渋谷は恵比寿に移り変わる。恵比寿では特殊な人間とよくすれ違った。コンビニから3人の芸能人感のある顔をした女子高生がチキンを貪り食いながら出てきたり、ピンク色の服を着た、有体に言ってしまえば変人感のある人2人とすれ違ったりした。老人が警察官相手に大声で怒鳴っていて、そいつを核融合炉に放り込みたい気分になった。あいにくそんな特殊能力は持っていなかった。

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恵比寿の駅の近くには水色の歩道橋があった。随分と虚しい色をしているのである。歩道橋からは桜が綺麗に撮れた。僕以外にも3、4人が満足げに桜の写真を撮っていた。平安時代に埋められたタイムカプセルが平成時代に開かれる瞬間である。

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恵比寿駅の東には公園があった。せっかくなので名前を調べてみると、恵比寿東公園というらしい。ワルイージもびっくりの安直なネーミングである。公園には子供が大勢いて、何が少子化だよという気持ちになった。枯れ木やビルを背に写真を撮ったが、目の前を通り過ぎた虫が映り込んでしまった(空に浮かぶ黒い点)。目の前を通るなら一声かけるとかしてほしい。これだから虫は。

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同じ地点から逆を向いてもう一枚。月に盃、萩に猪、鳩に桜。いまいちピンと来ない。

17時ちょうどになると、故郷と同じ音楽が公園のスピーカーから鳴り始めたので驚いた。西へと足を進め、恵比寿駅東口へと向かう。途中で散歩中の柴犬(茶色と黒いの一匹ずつ)とすれ違い、Inu Kawaii という気持ちになった。

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恵比寿駅の東口から写真を撮った。道がどこまでも続いている。ただそれだけで、なんとなくエモい気持ちになった。

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拡大した写真。どこまでも続いているが、遠くは掠れて見えない。一生行くことがないであろうその先は、一種のメタファーとして目に映った。未来永劫自分がたどり着けない境地であるとか、二度と実感をもって立ち現れない過去であるとか━━何故か心が痛む。夕焼け色をした景色に憧れてそちらの方向へ足を進めてみても、太陽の方角に歩いているだけで、目が眩む茜色の街はあくまで架空なのだ。━━

そんなことを考えていたが、カメラの充電が突如切れたり、行こうとしていた店が抹茶館のごとく行列を作っていたので渋谷に舞い戻って食事を摂る羽目になったりして、そういうインスタントな感傷は爆ぜたシャボン玉みたく失われてしまった。

というわけで、相変わらず何もしない一日だった。

明日は再び東京の北東部へ向かう。ちょっとくらい進捗生みてぇ。早くssを書け。

 

東京旅行 3日目

今日も今日とて工事の音で目を覚ました。きっかり8時間寝たというのにさらにもう8時間ぐらい眠れそうなほどに眠かったのを記憶している。駅前ではちょっとした祭りをやっていたようで、吹奏楽部らしき中学生がシュガーソングとビターステップを演奏していた。対する見物客は高齢者ばかりで、誰一人として原曲を知らなそうなのである。

今日は東京の北西を回った。

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最初の目的地は池袋だった。どこまでも突き抜けるような青空が浮かんでいた。東口を出た先にあった中池袋公園には桜が咲いていて(画像を参照)、フリーマーケットと称して安いハンカチやらチョコバナナやら仮面ライダーの可動式ベルトの玩具を売っていたりした。意地でも花見させまいという気概なのだろう。高2までフリーマーケットのフリーをfreeだと思っていたことを思い出した。

池袋で昼ご飯にありついて、その足でカフェに突入した。カフェの店員と店に入ってきた人との以下のような会話、「いらっしゃいませ、おひとり様ですか」「面接です」というのが印象的だった。五十嵐響子のssを書いていたが、いまいち筆が乗らなかった。

15時頃に池袋を後にする。次の目的地は練馬で、3時間ほど時間がぽっかり空いているので、折角だし練馬まで歩くことにした。おおかた東京メトロ有楽町線の真上を歩くルートである。過去に書いたssの線路の上を歩くシーンを思い返しながら、池袋-要町-千川-小竹向原-新桜台-桜台-練馬 を歩いた。

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池袋を僅かに南に行ったところにとんでもない高さの建設中のビルがあった。あまりに高すぎて流石に恐怖心を覚えた。小さいころにJR京都駅の天井を見て感じた戦慄によく似ていた。しかし写真だとせいぜいコストコの高い棚の上にある商品程度にしか高く感じられないのが残念でならない。

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別アングル。右の建物がさっきの高いビルである。ここまで高いと、上で工事をしている作業員も怖いもの見たさで下を覗いてみるんじゃないかと推測した。高いところから下を覗くのは落ちるかもしれない恐怖として片付くけど、下から高いところや巨大なものを見たときに感じる恐怖心の源泉は一体何なのだろう。ずっと昔から血に流れているバベルの塔の教訓なのかもしれない、と考えると非常に納得がいくしオカルトである。

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池袋西口公園。桜はここでも咲いている。公園の至る所に謎い前衛芸術的なモニュメントが置いてあった。多ければ多いほどいいというものでも無いように思う。

手に水晶を持った大道芸人が見世物をやっていた。水晶を地面に落とさずに指の力だけでぐるぐると手のひらの上で回していた。曰く水晶は東急ハンズで売っているらしい。ハンズ本当に何でもあるんだな。

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要町は特に何もなかった。めぼしいものはやはり東京ではどこにでもあるジョナサンぐらいで、利用用途の分からないけれどとにかく高い何か(建物ですらない)が地面から突き出しているのが本当に意味不明だった。セーブポイントみたいなレンガ造りの道に鳩が大量にたむろしていた(上の画像)。

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千川を通り過ぎて、小竹向原である。真っ直ぐな道を妨害するかのように小学校が建っていた。校庭と区切り用のネット、そして相変わらず咲いている桜が目に映る。フィクションでよく見るような光景そのものだった。

小竹向原から先の道はレンガの階段を上った先にある。駅前(といっても地下鉄の駅だから、人が想像する駅前とはかけ離れたもので、ベンチが3脚あるのみである)から電柱を撮った。電柱はいい文化。独りんぼエンヴィー。

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アベリアの植えてあるレンガの道をしばらく歩くと交差点に辿り着く。交差点を左折し、環七通りを歩く。

日本のどこに行っても車屋のある通りは存在するし、大体それは瀟洒に映る。どうして環七なんて名前なのかずっと考えて歩いていたけど大したものは思いつかない。調べてみたら環状線7号を縮めたものらしく、無味乾燥で面白みがない。

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新桜台を通過し、西武池袋線をまたぐ。画像はその高架橋からの一枚である。僅かに夕方の茜が空に絵の具一滴を落としていた。エモい。なんとなく、この先の線路がどこまでも続いているような錯覚を覚えた。

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千川通はこれでもかと言うほど桜が咲き乱れていた。桜が咲いているからか、頻繁に犬とすれ違った。それから道幅が京都の5倍ぐらいあった。

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練馬までのラストラン。途中にあった公園のベンチで少し本を読んだ。冷たい風が容赦なく体の温度を下げるので、20ページほど消化してのち読書を断念した。

練馬駅前は繁華街の様相を呈していたが、一定の田舎っぽさがあった。JR芦屋みたく駅の2階からペデストリアンデッキが伸びていた。夕焼けの写真を撮ろうとして、閑散としたその上を歩いた。最近のカメラは太陽を直で撮っても大丈夫というネットの文言を信じて、一瞬だけカメラを太陽に向けて写真を撮った。写真の中の太陽も十分に目が眩む。

ペデストリアンデッキではラップバトルに勤しむ若者たちがいて、本当にそんな人種が実在したのか、と得も言われぬ感動を覚えた。

 

練馬でご飯を食べて、そのまま帰宅した。歩いている当時はすごく楽しかったんだけど、これを書いてると「こいつ何が楽しいんだ……?」と思わずにはいられない。当の本人が幸せだったんだしいいや。

明日は渋谷に行く。何をするわけでもない。ただ、渋谷交差点のあのスタバ、一度は行ってみたい。

 

東京旅行 2日目後半

私は今布団の中でこれを書いている。今日書いてた記事の続きを書く予定である。が、あまりに書くことがない。とりあえず撮った写真貼るかと思って撮った写真を眺めてたけど、そもそも5枚しか撮ってないし、被写体に物珍しいものはひとつもない。

 

あの後、秋葉原ルノアールに入店しssを書いた。あまりに滅茶苦茶なものになったので速報に投下するつもりはない。こうしてまたひとつの作品が闇に葬られるのだ。

ssを書き終えたその足で小伝馬町へと赴く。美味しいハンバーガーを食べた。母親と子供×2の4人組が、ひたすら「お花見に行くことになったけどお弁当作るのめんどいし料理に自信がない」といった話をしていた。ハンバーガーは美味しかった。ハンバーグがレアで(ファミレスとかでペレットに乗せて焼くようなハンバーグステーキに近い)多幸感がとめどなかった。ただ1600円だったので財布はボコボコにされて死んだ。

にもかかわらず、秋葉原に戻ってanionカフェに行った。馬鹿か?

空想探査計画のダイマをした。コメント欄に「みんなも日野茜を愛でよう!そして空想探査計画を聴こう!」と書いて箱に入れてきた。尺の都合で空想探査計画は流れなかった。マジで何しに来たの。ただ、カフェで(最近ssでお世話になっている)ちゃんみおのドリンクを飲んでるときに思いついた「爆弾高気圧・日野茜」ってフレーズが妙に自分の中でツボってる。使えるタイミングで使っていこうと思う。そんな機会一生来ねえよ馬鹿がよ。

そのまま山手線などを駆使して布団へと戻ってきた。全体的に、使った金額の割にハッピーになれていない。積読は一冊も消えてないし。明日は積読を殺したい。

 

以下、画像欄――

 

 

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神保町の交差点から見えたクレーン。東京はあちらこちらで工事をやっている。そういえば京都ではあんまり工事をやってないなぁと思った。画像では伝わり辛いかもしれないけど、被写体のクレーンは結構高い位置にあって、なかなかにスリリング。タワーオブテラー。

 

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神保町交番→。光の射している場所と影になっている部分が判然としている。それぐらい快晴だった。ここから写真を撮ったのは赤レンガで出来たベンチみたいな建造物があって写真を撮りやすかったからで、この風景をわざわざ被写体として選んだことに理由はない。

 

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神田川沿いにある喫煙所の近くから撮った写真。奥の高架の下に川が流れている(写真には映ってない)。あのビルがこっち側に倒れてきたら川にダイブするよなーとかそんなありもしない終末論を唱えながら写真を撮った。

 

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 同じ場所から撮ったもの。夕焼けは日本のどこに行っても綺麗(過言)。夕焼けは儚いから綺麗だよなーとか陳腐なことを考えていた。高架下の時限爆弾。

 

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都内では至る所で桜が咲いていた。京都や兵庫にそんな節は無かったので驚いた。ちゃんとニュースを見ていない。真ん中の青信号から推論すればわかることだろうけど、信号待ちで暇だったから撮った。夕方から夜に切り替わる時間帯に撮ったものなので、なんとなく全体的に青い。右上と左下から漏れているオレンジ色の光は単なる街灯の光である。

 

事実は小説よりも奇なりとかよく言うものだけど、あくまで奇は奇であって、その奇を見たところで面白くもなんともない。持ち前の想像力で話を少しだけ膨らませてみても、あくまで限界がある。事実は奇怪で、それでいて退屈だなぁと思う。そして今は、退屈で、退屈だから美しいんだよなぁ、とも思えている。街*1ってそういうものだよな。

誰が指図するともなく雲はどっかへ飛んでいくし桜は咲いている。 虚ろでしかないように見える街も、無数の呼吸によって支えられているんだなぁ。不思議だ。

明日は節約するぞ。

*1:米津玄師を聴こうね!

東京旅行 2日目前半

僕は今、東京のとある通りに面したとあるカフェでこの文章を書いている。目の前を人やら自動車やらが通り過ぎていくのだが、眺めが悪い。カフェの天井とビルの屋上の隙間に目を遣ってみると、煙のような速度で雲が通り過ぎて行っているのが見える。何もかもがどうでもよくなるような空しい青空だ。

 

ちょっとした理由から東京に一週間滞在することになった。今日はその2日目である。降っては止み、止んでは降るというけち臭い昨日の雨とは裏腹の天気だ。洗濯物がよく乾くのでありがたい。

n度寝から目を覚まして、洗濯物を干して電車に乗った。数十分ほど揺られて、神田は神保町に辿り着いた。昼ご飯にカレーを食べてやろうという魂胆である。何でも行列店とのことだったので、11時に開店凸をした。11時00分30秒ぐらいに入店したのに店内には人がそこそこ居た。相席のテーブルに案内され、ビーフカレーの辛口を注文する。

周りのサラリーマンは大抵が中辛や甘口を頼んでいたので、ざっこwとかそういう言葉を反芻しながらも、内心で戦慄する。一体どれだけ辛いカレーが運ばれてくるのか。注文を確定してしまった僕には対処する術がない。辞世の句と戒名を考えながらカレーが来るのを待っていると、何故か「小ぶりのふかした芋2個」と「バター」が運ばれてきた。これは何。いや芋だけど。周りの人の様子を窺ってみる。反応はまちまちだった。なんか普通に芋にバター塗って食ってる人、芋を半分に割って放置してる人、目の前に札束を置かれた猫のように芋を意に介さない人。人類の多様性。散々脳内会議を行った結果、カレー食ったあとに芋2個は重いだろということで、1個だけ食べて、もう1個はまるまる残しておいた(カレー食った後で食べた)。

これは食レポではないから、運ばれてきたカレーに関して詳らかにレポートする気は起こらない。美味かった。牛肉が美味い。ライスにチェダーチーズがかかっていて、味に深みを与えていた。確かに辛かったけれど、死ぬほどではなかった。カレーは1480円で、それが財布に少しのダメージを与えた。

食事を終えた僕は大通りを右に折れた。神田神保町と言えば言うまでもなく本とカレーの街で、文字通り古本屋が林立している。本当に。なんとなく道沿いの本屋の数を数えてみた。多いとはいえ男女男男女男女ぐらいかな、と予想していたけど、現実は本屋本屋本屋本屋本屋カレー本屋本屋いきなりステーキ、ぐらいの塩梅だった。さすがに多すぎるでしょ、古本屋。ある区画は5連続で古本屋だった。しかもどの古本屋も結構に人が屯している。樹液に群がるカナブンの様相でおじいちゃんたちが古本を品定めしている。ここまで増やしてなお需要と供給のバランスが崩れないのは不思議だなと思う。

通りをさらに進むと小川町に差し掛かる。ここまで来ると本屋勢力は僅かに影を落とし、代わりにスポーツ用品店がアホみたいに台頭している。理由は定かではない。たぶんそういうものなんだと思う。ここから御茶ノ水の方へ行くと楽器屋も異常発生していて、これまた理由は分からない。調べたら出てくるのかね。

 

僕はこれから神田の方へ向かうので、さらに通りを真っ直ぐ進む。予定は特に決めてないけど、多分ルノアールで水出しコーヒーを飲むんだと思う。財布が死ぬ。財布を殺してでも美味しいご飯を食べようと思う次第。