イエロー

 

 

 

誰かが食べたがっていたチョコレートを奪い取って、あるいは新緑のカーテンで部屋に空気を閉じ込めて、まるで飴玉を転がすように毎日は続く。何となく後ろめたくて、不安で、きっとこの世界では自分は誰彼からも憎まれているんだと思い込んで、部屋に閉じ込めた空気の残りを消費する。想像の世界の自分は手ずから窓を開ける。好きでも嫌いでもない季節の空気が流れ込む。現実はそんなに難しくないし、やっぱり簡単じゃない。

 

誰かに謝らなきゃなぁ。

乾燥機が眠そうに首を振っている。言わなくていいことばかりで、むしろ口にすれば二度とこの手には戻らないような、そんな言葉が心の中を満たしていく。

血を流す夢をよく見る。コーヒーミルが泣き叫ぶように、彼ら自身がその行為を止めることができないように、未完成の夕焼けのような血が溢れ出す。せいぜい何だろう。圧力だ。一度自分と外側とを明確に区切っている境界を引きちぎってしまえば、そこから先はひとりでに流れ出していく。部屋を満たすんだ。浴槽に湯を張るみたいなスピードで、赤が、赤が、赤が、意志を持っているかのように、溺れさせてくれるんだ。

乾燥機は気だるげに騒いでいる。言わなくていいこと。言っちゃいけないこと。踏みとどまっている自分。壊してしまえばいいのにと耳元でささやく別の人格。破壊衝動。赤。

きっとそんなことを考えていて、考えていても、やっぱりまだナイフの使い方を間違えない。心臓の中で何かが笑っている。笑って、意味の分からない声でわめいている。

世界中をその赤で満たしたら。

二度と戻れない。いや、そんなことだって、やっぱり分かっている。二度と戻れないから、その赤に憧れてるんだ。世界が終わるんなら、赤色がいいな。やっぱり。最後ぐらい、花を持たせてあげようぜ。そう思うよ。本当に。持たせる花は何がいいかな。アイビー。ブーゲンビリア。ダリヤ。ネモフィラ。ベラルゴニウム。ジギタリス。好きな花がいいな。

 

踏みとどまっている自分。崖際ってわけでもないけれど、ただ、理由もなく踏みとどまっている。足踏みしている。崖の下を覗き込んで、ああなれたらいいのかな、と考えている。それは幸せではないのだろうけど、でも、きっと楽しい。やっぱり謝んなきゃなぁ。誰にというわけじゃない。謝らなきゃいけない出来事があったわけじゃない。強いて言うなら、世界にでも謝るのかな。自分を生んだのは他でもない世界だけれど、でも、謝りたい。憎まれている気がするんだ。世界に視線を向けられている。はやく消えろと言われている。そんなの錯覚で、そういうことはいちいち分かっていて、だからといってその錯覚の向こう側に真逆のそれが待っているとも限らない。

世界が終わるなら赤色がいい。終わらせるのも自分がいいな。他の人間に任せちゃだめだ。世界に殺されるぐらいなら、自分から世界を終わらせたい。白じゃだめなんだ。黒も相応しくない。血の気の引くほどに雲一つない青空の日がいい。きっとそういうことだ。

 

誰かが食べたがっていたチョコレートを奪い取って、新緑のカーテンで部屋に空気を閉じ込めて、まるで酸っぱい飴玉を転がすように毎日は続く。紡錘形の黄色は、そんな風にして、世界中に転がっている。転がって、時間が経つのを待ち続けている。

謝らなきゃなぁ。うん。