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自己想像世界陶酔

視界に映る水溜りの中を一匹の魚が泳いでいた。遠くでは咆哮を上げながら鯨がぬらりぬらるりと地上を這うように進んでいく。青色の魚が車を上手に避けながら僕の右耳を掠って通過していった。電信柱のさらに上を銀色の魚の群れが泳いでいく。高層建築は人を押しつぶすかのように上へ上へと無意味に伸びているのに、その屋上はまだ水面を捉えていない。夜は深海のごとく宇宙オーケストラのような音楽を奏でながらインディゴブルーの天井を作る。クッキーの型のような三日月が遠くで光っているのを見ていた。

 

この話をしたら、僕の左にいた同級生がなんのこっちゃさっぱりわからんと云う。サンテグジュペリの言うことに、小さな穴の開いた箱には羊がいる、と。かつて純真無垢なつっけんどんだった心臓、小学生の頃の僕にはよく理解できなかったのだけれど、今ならそいつがよく分かる。想像力は天性じゃなくて、自分から鍛えていくものだと思っている。想像してみるのだ。もし町が深海に沈んでいて、でも地上と同じように歩けるのだったら。息ができるのだとしたら。魚が周りを漂っているのだとしたら。脳がその世界を想像すれば僕はその世界に居るような気分になれる。現実は現実のままで、脳内の人間はまた別の世界にいる。肉体と精神は切り離せるのだ。この話をすると、左の人間に頭の病院に行くことをお勧めされた。そうかね。僕には鯨が見える。魚が見える。月が見える。描いた理想は永遠に費えることなく生きてゆく。それを殺さなければ、自転車なんてなくたってどこにでも行ける気がするんだ。

まぁジョークはさておくにしても、僕はこんな感じで創作をしていたんだなということを思い出した。明日は脳内でどんな世界をソウゾウしようかな。現実にないぐらいの綺麗な景色をソウゾウしようかな。明日は脳内で誰を殺そうかな。全人類かな。