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麻酔と延命治療

ビニル傘を片手に雨の中を闊歩していれば、いつの間にか自分が世界で一番不幸な生き物だと勘違いをしている自分がいる。踏切ですれ違った緑色のリヤカーがガタガタと音を立てるのを、別段うるさくないなと雨に向かって嫌味を吐いたりする。傘で雨を凌いだぶんぽっかりとエーテルのごとく空いた空間に閉じ込められているから、何もかもがどうでもいいかのような気分になって、時間が経つのも厭わなくなってしまった。右から左へ列車が過ぎ去ってなお上に持ち上がらない遮断機を、そういうものかと勝手に飲み込んでしまったりする。左からも回送列車が走ってくるはずの未来に気付けなかっただけだった。

 

屈託のない夜を過ごしていれば、いずれ屈託のある夜が来て、朝を迎えたくないから眠れなくなる自分を想像したりもする。不安に不安を感じているうちに、その不安が一つの憂にすり替わってしまった気がする。誰だってそうなのかもしれない。不安の理由は確かにあるんだけど、その理由が何か不安なことがあるかもしれないから、然るに無限の未来からの恐怖に襲われているという事実。無から有を作り出すのは人間の得意技なのかもしれないけど、目下そんなマクロ的な視点から俯瞰した神よりも事実の方が何倍も大切だし、もし第三者がコントローラで人を操っているんだったら、悪趣味だから早くゲームクリアまで持ってってほしいと思う。けど僕が操る画面内のリンクは指を舐めながら一心不乱に走り続けたり、妙ちくりんなポーズを決めながらモンスターと記念撮影したりするのだし、僕が言えたことじゃないな。

ひょんな勘違いで他人を責めてしまった記憶が二桁は頭の隅に残っている。自分が正しいという前提の世界で自分の正しさの主張をするのは、遺憾これトートロジー、といった形ではあるのだけれど、それに気付けないからこそその世界を自分が正しいという歯車のみで動くプラスチックの悲しき玩具と見做せるのだろう。

ホットチョコレートを作って放置していたことに気付いたのは作ってから1時間後のことだったし、洗わずにコップに水を注いだせいで埃が浮かんできて水を全部捨てることになってしまったし、洗ったまま数時間洗濯物を放置してしまったし、印鑑はなくすし、文具屋にはシャチハタしか売ってないし、一風堂のラーメンは美味しかった。頽廃はいつも君のそばにいるからいつでも寄りかかると良い。