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2-4-6-8-切断虚飾

本当の意味で無駄じゃないものなんてあるはずがないわけで、その時点で無駄という言葉は意味を失っていることがよくある。今こうやって無駄な文章を永遠に生産しているのと同じように、生き物は無駄な生き物を量産していく。生き物はいつだって無駄だ。無駄というのは主観的な発想だから、自分が何かを享受すれば無駄じゃないし、自分が何かを不必要だとみなせばもうその時点で無駄なのである。当たり前だ。その無駄という言葉を第三者と共有したり、存在する全員が同じように無駄だと思っていると考えたりするから人はややこしい。ごく自然のことだけれどある人にとって無駄なものは他の人にとって無駄じゃないかも知れないし、その逆も然りなのである。

さて無駄という言葉と寸分たがわないベクトルで他の言葉も本来同じ土俵に乗っているはずなのである。ところが人はそのままでは意思疎通ができなくなってしまうから、この事実は言葉のレゾンデートルを完膚なきまでに破壊してしまうから、欺瞞を欺瞞のままに意思疎通を行ったことにしている。言葉は人が考えるよりずっと繊細なもので、同じ発音の同じ言葉ですら別の意味になってしまうほど脆弱なものだ。同じ文章を読んだところで同じ感情だとか同じ感想だとかを抱くはずもない。すなわち言葉を武器に他人の身体を抉るに傷つく場所は多種多様、ということだ。鑑みるに、僕が常日頃感じることなのだけれど、大衆受けするものを書くことがいかに難しいか。美徳だとか真実だとかは関係なく、迎合される、人口に膾炙するような言葉の羅列は随分エラボレイトされたものだなぁと思う。常人のなせる技ではない。その位置まで到達するつもりがないのは、僕が月まで歩くような欲望が一切ないのと同じメカニズムなのであろう。

 

チョコレートおいしいね。おいしいけど気が付いたらほとんどなくなってるから怖い。

誰か叙々苑奢って。