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電気毛布エクスタシーシンドロームカタライザ

自分が電気毛布にくるまっているかいないかなんて世界線に影響しないけど、電気毛布にくるまる人を想像して面白いと考えるがゆえに自分は電気毛布にくるまっているのだと平気で嘘をつく。電気毛布にくるまってうねうねと呻き蠢きつつ一方で小難しい文章を書こうとしていることの乖離に嘘をつかされている。淡い水色の電気毛布がしがみついてくるから仕方がない。温度が高い電気毛布は季節によっては飼い犬の様に僕にへばりついて離れないのである。幸福の代償としての変化は人を殺さないための抑鬱剤で、つまり冬は厳しいものである一方で冬がなければ得難い幸福感を液体の様に絶えず流し込んでいくという性質を背負い込んでいる。暖かい電気毛布に全身を掬われながら一生を終えれればよいのである。

嘘をつくことに敏感な人は物語が嘘をつきたい欲求から紡ぎだされていることを知らないのかもしれない。世界観に自分を投射して虚構という世界の裏側に入り込みたいと思ったのは何も読者だけではないのだ、なによりも作者がその行為の魁である。電気毛布にくるまらず真顔でキーボードの音を堪能する自分よりも電気毛布にくるまってしがない言い訳をくらくらと振りかざしている自分の方が楽しそうだから、自分がそうあってほしいから、虚構という名の嘘を騙る。一秒の狂いもなく自己完結である。嘘と本音の二項対立に際する虚構と現実の対峙は似て非なるものであるが、両者は放っておけば勝手に混同されたりする。文頭に立ち戻っていえば、世界線に影響を与えるのが嘘であり、影響を与えないのが虚構か。よくわからない結論を抽出してしまった。この化学物質には何の意味もないが、いつかすべてが磁石の様にくっつく日のために観葉植物の横に置いておこう。

 

京都が恋しい。正確には京都に存在する僕の欠片をかき集めたいというか。ラーメン食べたい。