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形而上学的クーベルチュール

奇を衒ったことを衒うことが嫌われる理由というのをあまり考えたことがないのだけれど、それは日本人のDNAにそう刻み込まれているから仕方がないのかもしれない、と打ってみたところで初めてただ考えるのが面倒なだけであるということに気付く。それはそうとして、(主語が大きい気はするが)人というものは他人が理由もなく何かを始めることに対して寛容ではないとつくづく思う。ただ美味しいものを食べたいがために、体はハイカロリーフードを欲しているのに、世の女性の一部は自分へのご褒美と称さなければパンケーキを食べることができない性なのである、そう偽る対象が他人であろうが自分であろうがここでは関係がない。徒然なるままに文章を書きたくなった理由を徒然なるままにと書かなければ、何故この人物は文章を突然書き始めたのか、よもやその最たる理由が記述された紙はまだ発見されていない、ないし時空のはざまに落下してしまったのではないか、本棚とデスクの間に入って取れないシャープペンシルのごとく、と当事者からすればこと滑稽ではた迷惑な考察が始まってしまうものである。ここで僕はその日本人のDNAにケチをつけたいわけでもなんでもなく、ただ、何かを始めるのに絶対に理由がいるという社会はなんとも面倒なことだなぁ、と耽るのみである。およそ僕の目には世界の現象のほとんどは理由なく自律活動を続けているのに。エゴによるエゴイズムである。

まぁ要するに、上の文章を要約して、なんとなく文章を書きたくなったから書いている。理由がなくたっていいじゃないか、それだけのこと。

寿司食いてえ。